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家康の散歩道

「家康の散歩道」というリーフレットがあります。
浜松は、戦国の頃まで引間(曳馬・引馬とも書きます、ヒクマ)と呼ばれていました。元亀元年(1570)徳川家康は遠江地方を支配する拠点として引間城の題改築を行いました。家康の浜松城の築造が浜松の名の出発点となったのです。
この家康や徳川家にまつわる旧跡・寺院などをたどるのが、この「家康の散歩道」です。

なお、この浜松城築造に先立ち、磐田市の城山球場、ここに最初、城を作る予定だったとか。近くには、城山中学、城之崎などの地名があります。
東から攻められて、西に逃げるのに、天竜川があって逃げられないので、この地にお城を作るのをやめたのだそうです。

さて、この散歩道のコースを見てみましょう。
1・・・二代目将軍徳川秀忠公誕生の井戸
    秀忠が産湯をつかったと伝えられる井戸の跡
2・・・椿姫観音
    戦国の世の女傑の伝説が残る場所
3・・・東照宮(引間古城祉)
    権現様(家康)を祭るお宮。浜松城の前身となる引間城祉でもある。
4・・・浜松城
    「出世城」と呼ばれる家康の建てた城。
5・・・家康公鎧掛松
    合戦より戻った家康が休息した松。現在は三代目。
6・・・本多肥後守忠真の碑
    三方原合戦で果てた、徳川の勇者の一人
7・・・犀ヶ崖古戦場
    崖に布を張り、橋と見せかけ、迫る武田軍をこの谷に落とした。
    この辺りの地名は布橋です。
8・・・夏目次郎左衛門吉信の碑
    三方原合戦の際主君家康の身代わりとなって討ち死にした家来の碑
9・・・普済寺
    遠江における曹洞宗の古刹の一つ
10・・西来院
    悲劇の女性、築山御前(家康の正室)の廟所が残る。藤の名所
11・・宗源院
    普済寺十三派に伝えられる寺。(市・文化財の判物が残る)
    徳川方の戦没者の墓がある。
12・・浜松市博物館
    縄文時代から現代まで、浜松の歴史を伝える博物館
13・・太刀洗の池
    家康の正室・築山御前が生涯を終えた地。


今日はこのうち11まで歩いてきました。
13は、佐鳴湖に近いので、今度佐鳴湖へ行ったときに歩いてきます。

Comment

つるさん、ありがとう

今の時期に咲くボケの花があるなんて思いもしなかったわ、ありがとう。
クチナシの実は初めてです。

フユサンゴですか?
庭にあるフユサンゴは背が低いし、実がもっと大きいですよ。もっと小さい実で、木(?)も大きかったから、違うものだと思っていたわ。

2005/11/25 | みっちゃん[URL] | Edit

大きな花だと思って。

よく見たら木瓜の花に似ていました。
華さん凄いわ。
別のオレンジ色の実、ニワサンゴのようだと思います。家の呼び名が適当なことも
多いのでフユサンゴになったりニワサンゴになったりするんです。
もう一つはトサカにツンツン角ありは、クチナシの
実だと思うけど・・違ったらすみません。

2005/11/25 | つる[URL] | Edit

        
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